誕生日のこと、この世界のこと

今の仕事をしていて、自分が働きアリか奴隷のように思えてならなかった時期があります。

自分は労働力としてこの世に生産されてきた存在なのだろうか。

悲観的な思いにとらわれ、何か自分に眠っている能力はないものかと本屋さんの占いコーナーで誕生日の本を探しあて、こういう不思議な法則があるのかと驚きました。

とはいえ、この世界、というより生命界は弱肉強食、他の命を摂取して自身が生きながらえるという根本的な原則が基盤となっています。

愛を知ること、魂を磨くことは人が幸福に生きていくために考えるべきことかもしれません。

ですが、生命の仕組みがそのようなものである以上、人は争いや恐怖、支配することや欺くことから逃れられないのかとも思うのです。

教会の人たちの話を聞くこともありますが、こんな世界を創造する正当な理由があるとも思えないため、信じる気持ちになれません。

それとも、ジョンレノンが歌ったような平和な世界を人間が持つことができるのでしょうか。

そんなことを時々思います。

「誕生日のこと、この世界のこと」への2件のフィードバック

  1. ご相談ではないようですが、内容に私からのコメントをさせていただきます。
    そんなに悲観されることはないかと思います。

    私はこのブログで何度か書いておりますが、人も宇宙を構成する1要素にすぎません。
    全ては宇宙という実態が無い、またはあるもので成り立っていると思うのですが、彼らから見たら人間、人類などとるにたらない些末な存在です。

    宇宙は空(くう)で、幸せも不幸もない世界ですから、人が平和や争いをするということは、人類が独自に生み出した価値観や概念でしょう。

    世界は静止する事がありません。
    振動によって動き続けています。

    人類がそういう概念を持つのも、動きを生み出そうとする力があるからで、もし平和や恐怖で完全に支配され、動きが亡くなった状態では存在意義がなくなり、おそらく何らかの力によって淘汰されてしまうでしょうね。

    ご自身が労働者であるということを嘆かれるのは、おそらくあなたが望むそれ以上の暮らしや生活をしている人を見聞きしたからでしょう。
    あまり他者とご自身を比べないほうがよいと思います。
    比較は争いの心を生み出し、挫折や孤独も、つきつめれば相対評価による価値観のずれから生まれます。

    あなたがどれほど苦境に落とされても、人類が動くというエネルギーを担う一人である以上、あなたは必要とされていることをお忘れなきように。

    1. コメントありがとうございます。
      争いごと(その最たるものは戦争ですが)がなくなれば人類という種を推進するエネルギーが失われ淘汰されてしまうというご意見、そうなのかもしれませんね。
      私の好きな歴史を題材にしたアニメーションの台詞に、戦争に行く心配のない者だけが戦争の必要を説き他人を戦場へ送り出す、というものがあります。
      私は世界がこのような場所であることを知って、自分自身はその中で生きることを受け入れるにしても、子どもを持とうとは思えませんでした。人生には良い面もあると思っています。ですが、生まれてこないことが何よりの幸せだと思うのです。私のような考えの人間が増え、(日本では)出生率が下がっているのも人間が増えすぎたことへの天の配剤によるものかもしれませんね。

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