頂いたご相談のまとめ

稲穂



管理人さん以前は「幼い魂」のご返信をありがとうございました。
管理人さんの言葉に優しさを感じました。
管理人さんも同性からのアプローチがあったのですね。


朝晩がとても涼しく感じて(誕生日月ではないのですが)大好きな9月となり、心持ち少し穏やかになりました。
管理人さんもどうかお体ご自愛くださいませ。


同性からの好意を素直に受け止めることがなかなかできないで、それでも同じ人間だから、恐れないで、ここを乗り越えればきっと新しい自分と出会えるし、もうすこし自分が楽に生きられるのに、と感じていながらもなかなかその現実に対して、私の心が受け止められないでおります。

目の前にいる人を受け止める度量を身に着けるにはどうすればいいでしょうか。


同性で私を慕ってきてくれる人を受け入れることに抵抗があり、危機感を感じることもあり、余計に距離を置いてしまう自分がおります。

前の職場でも、私に好意を寄せる同性にたいして、大変失礼な態度で接してしまいました。
しかし、その方はとても寛大で器が大きな方でしたのですべてを受け止めて接してくださいました。

そして私は今の新しい職場でも同性からの好意を重たく感じてしまい、前回逃げていた自分との気持ちに整理をしなくてはならないのだな、とわかりました。
今回は逃げないで自分の気持ちと戦いたいと思います。

しかし、なぜ私は人の好意を素直に受け止められないのでしょうか、人の好意そのものが危険とさえ感じることもあります。

普通は同性から好意を寄せられれば、うれしいことですし、受け止められるはずなのに、また怖いこともないのに、なぜ私はいじょうなまでに人を拒否するのでしょうか。
おしえていただけますと嬉しく思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

[管理人からの回答]


まずあなたに心理学的な側面から、客観的なアドバイスを一つお伝えすると、同性からの好意に対して激しい嫌悪感を抱く人というのは2つのパターンが考えられるのです。

1つは、過去に何かしらの嫌な思い出、それがトラウマとなり、同性からの視線、接触を全て恐怖として捉えてしまうケース。

2つ目は、自分も偏りはあるものの両性愛者であり、好意を寄せてきた方が、自分のタイプではないために嫌悪感を抱いてしまうだけで、そうではない場合にはそのような嫌悪感は無いというケースです。

特に②の場合には、生理的に無理とか、容姿や臭いなどが無理という身体的な部分にフォーカスするケースがあり、①の場合には、対人恐怖症になるケースが多くあるかもしれませんね。


私の知識不足なだけで、この①と②以外にも様々なケースがあるとは思いますが、私が過去に接した方で同様のお悩みを頂いた方の場合、ほとんどがこのケースでした。


また、好意という態度そのものに嫌悪感や恐怖を抱いてしまうというケースもあるでしょう。
この場合、幼少期のころの失恋、虐待、性的トラウマなどがトリガーとなっている事が考えられます。

嫌な記憶は、心地よく生きるためには不要なものとして、脳は奥の方へしまい込んでしまいます。
しかし、再度同じような体験をしたとき、当時その危機へどのように対処したのだろうかと恐怖体験を表層へ引き戻して対策案を考えるわけです。



考えてみれば、同性から好意をよせられたからといって、身体的に何か危害を加えられるという事はまずありませんよね。
しかし、そこに嫌悪感を抱き、距離を置いてしまうわけです。

おそらくそこには、好意がエスカレートし、身体的な接触をしてくるのではないかとか、二人で居るところを誰かに見られ、自分も同性愛者とみられるのではないかとか、脳内では様々な事を考えているはずです。


しかし、それらの事は全てまだ起きていない危惧であって、取り越し苦労です。


器の大きさとは何でしょうか。
まだ起きていない事柄にあれこれ不安を抱き、今をないがしろにすることは賢人の態度ではないでしょう。

少なくとも、自分に興味を持ってくれているという事は、自分にある何かしらの魅力に関心を抱いてくれたわけです。
ならば、その人に対しても、良い点、魅力を探し出し、恋愛感とは別に人として好きになれる要素を見つけ出すことは、器の大きな方の態度のようにも思えます。



Copyright(C)spiritual-life. All Rights Reserved. 英語に翻訳 中国語に翻訳