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コラム - 昆虫から学ぶ事



昆虫の生活は見ていて実に面白い。

特に蟻と蜂は真性社会を形成するので、学ぶ事も実に多いのだ。


天気の良い日、コンクリートの隙間から蟻が動き出し、餌を求めて徘徊する。
最初はまばらだった動きは徐々に組織化し、一列になり、効率よく餌場と巣を連結する。

蟻は巣から餌場までランダムに動き、餌が見つかるとそれを所持して最短ルートで巣に戻る。
次の働き蟻は巣に戻った先ほどのありのフェロモンを頼って餌場へ向かい、そしてまたそのルートを戻る。

こうしてフェロモンは強化され、やがてほとんどの働き蟻が行軍する。


もし何気なく地面を見ていてありの大群が一列になって動いていたら、それは餌場が見つかっている証拠。
邪魔をしないでそっとしておいてやろう。


この事象は人間社会の巡回セールスマン問題を解決した。


ここにある会社Aがある。
そこにセールスマンが100人いるのだが、彼らは各自が行動するエリアやルートを過去の経験や、天候などを考慮してその日その日思い思いに行動していたとする。

しかし、これでは実に効率が悪いことに気づく。
セールスマンA’は、ある村A‘に向かった。
人口100000人であり、平均年齢は40歳だ。

セールスマンB‘は、ある村B’へ向かった。
そこは人口5800人だが平均年齢が20歳と若い。

B‘村は学園都市であり、学生の寮が多く一人暮らししていたり、ルームシェアで生活している学園の生徒が多かったのだ。

彼らの商材は学生向けの学習補完教材で、これは国の補助金も出る。
セールスマンB’は目覚しい成果を挙げているのだが、そのことは会社で情報をシェアしなければ他のセールスマンには伝わらない。

人間社会は共同体と言えども競争社会であるために、こうした事態が起こる。

しかし蟻や蜂などの真性社会は個の概念が無いために群生・組織のために最善の態度をとる。


この蟻や蜂の行動を研究していた研究者は、会社Aにセールスマンの成果と分析結果を情報共有することを提案した。
各自が個別に挙げる成績によって会社が利益を得ることよりも、各自の情報を共有して全体として成績を高めた方が会社全体の売り上げが上がり、そのことが個々にボーナスとして配給され、ウィンウィンの関係になるからだ。



現代では当たり前のように行われている連絡報告の義務は、こうした過去の経緯がある。
個別主義や能力主義、成果報酬主義など、個人を賞賛する制度はOJTやノウハウ共有を阻害するため、現代ではあまり向いていないと言える。

人にはフェロモンを道に塗布するなどという能力は無いために、情報ツールを使って各自が共有する手段を得た。
行動は蟻と似たような感じになり、最短ルートで潜在顧客エリアを開拓できたのである。




蟻と似た真性社会では蜂の群生がある。
蜂はとても面白い。

刺される危険があるために、間近で観察することはできないが、彼らには固体という概念が著しく低い。

まず働き蜂は全てメスであり、オスは巣の中でじっとしている。
働き蜂の中から選ばれた一匹がロイヤルゼリーを与え続けられ、嬢王蜂になる。

余談ではあるが、働き蜂の寿命が1ヶ月程度なのに対し、嬢王蜂は2年から4年も生きるのだ。
ロイヤルゼリーの効果がいかに絶大かわかるかもしれない。

働き蜂はメスであるが子孫繁栄には参加せず、ひたすら嬢王蜂のために餌場を探し、せっせと巣へ蜂蜜を持ち帰る。


ある一定の期間に達すると、嬢王蜂はオスを引き連れて後尾のために飛行する。
そこで一生分の精子を貯精嚢という場所へ溜め込み、2年から3年間蜂を生み続けるのだ、その数は1ヶ月2000匹程度。

オスは悲惨で、後尾が終わった後はその場で息絶え、後尾ができなかったオスは巣に帰るものの、働き蜂によって巣から追い出され餓死する。
彼らは一度も狩をしたことがないので、追い出されても餌場を探す力がないのだ。


人の社会であれば、助け合いなどがある。
それは人は生育に時間がかかる上に、一人でも多くの人がいたほうが社会を維持するのに都合が良いからではないだろうかとも考えられる。
しかし社会性昆虫の蟻と蜂には助け合いという概念はほとんどない。

役立たない個体は容赦なく巣から追い出される。
また自分が働けなくなれば、自ら命を絶つ。

こうした選択をしたほうが群を維持するには最適だと判断するためであろう。


人間社会であれば、例えば働き蜂が働き続け、オスは何もしないという場合、私たちだけ働いて、君らはなぜ働かないんだ?とか、自由を求めて群から逃げ出す場合もあるだろう。
しかし、真正社会ではそれは無い。

個々の意識が完全に群生と共有されており、いうなれば人間一人の体の細胞のようなものなのかもしれない。
人の体の細胞が、となりの細胞の働き方について不平不満を言わないのと同じだ。



こうした現象を稀に人間社会でも見られる場合がある。
宗教団体、または強いカリスマを持ったリーダーのいる軍隊や慈善活動組織等だろう。

カリスマを持った教祖に対して信者が傾倒し、その集団の教えや利益のためならば、自らの行為や利得などはすべて提供しても良い。
中には命さえ捧げる現象さえ起こる。

これは蜂の社会に似ていると思うのは私だけだろうか。



どちらにも共通して言えるのは、蜂は嬢王蜂の存在、そして人間の場合にはカリスマを宿した人物の存在である。


そう考えると、個体の人は自分が強いリーダーシップを持っていないのだと自覚した場合、種の継承のために強いリーダーシップを持った人物を選び、そこに資源を集約して群生を強化するように無意識の貢献意欲が働くのかもしれない。



これはあくまでも私の推論なので、正解ではないと思うが、昆虫からは学ぶことが本当に多い。



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