努力が報われないと感じている方へ


コラム - 努力が報われないと感じている方へ



今、世界の経済は膨大な信用創造によって通貨が膨張しています。

しかし、多くの人々は、自らの収入が上がらない事実と、働き口が見つからないジレンマに直面し、一部で騒がれている「金余り」という言葉に実感が持てずにいるでしょう。


私の周りでも、特に若年層の失業者と、50才以降の方の失業率の高さが気になっています。
特に私が気になるのが、シングルマザーの貧困状況です。

子供に罪はない、にもかかわらず親の収入と生活環境によって、平等なチャンスに恵まれないという事に、強い憤りを感じずにはいられません。

これを言い換えれば、貧しい家に生まれた子供は、ほんの一部の人を除いて再び貧困に陥り、この連鎖から逃れられないことになります。


十数年前までは、日本は1億総中流と呼ばれ、極端に貧しい人は居ない国内状況でした。
しかし、ジニ係数(貧富の格差)は今やカンボジアと同程度と言われており、37.9%です。
これが40%を超えると暴動が起きるといわれています。

これは貧しい人が増えたこともありますが、一部のお金持ちがさらに大金持ちになっていったという事もあります。
日本の総資産・総収入が全体にバランスよく富を再分配されていれば、これほどジニ係数が広がることはないでしょう。
現にカナダ、スウェーデン、EU各国はこうした配慮の政策を実施しているので、ジニ係数は低めです。



私の同年代の男性で10年前から収入が上がっていない友人がおります。
彼は懸命に仕事をし、私から見ても明らかに労働時間は私より長いのですが、残念な結果に終わっています。

しかし、彼を見ていて1つ気になるのは、努力の方向が間違っているのではないかと思うことも時折あるのです。
仕事の悩み、プライベートな悩みなどを聞くとき、失礼ながら「どうしてそんな事で悩むのか?」と思うことがあるのです。


努力とは突き詰めれば結果への過程です。
過程はその人の才能を伸ばす糧にはなりますが、最終的な富を得ることには、残念ながらつながりません。

もし富を得たいのなら、努力で得られた才能を活用することしかないのです。

しかし、彼は努力している自分に満足してしまい、それを評価しない周囲を恨んでいる発言をよくしています。



人は、自分が求める幸福感というものを漠然ととらえている傾向があります。
幼少期に夢を持ちなさいと教育されることによって、何か目的を定めないといけないとか、夢を持たなければならないと漠然と感じてしまうことがありますが、人は生きているだけで幸福を実現しているともいえます。


もしあなたが「報われない」と感じているのなら、それはおそらく自分以外の他者と比べたり、過去の自分のよかった時代と比較した相対的評価として「今は報われていない」と感じているのでしょう。

しかし、人も宇宙と同じで上下に波を打っています。
晴れの日もあれば雨の日もあります。

自分の頭上に雨が降れば、晴れている人の天気を羨み、風が強い日には、温暖で穏やかな日を羨みます。
つまり人はだれかと比較したときに、自分が幸福か、不幸かと感じるものです。


もし報われていないとか、不幸だと感じるなら、おそらく何かしらの対象物と比較しているはずです。
その何かを思い起こし、今日から比較する思考を終わりにしましょう。


物質的にどれほど恵まれなかったとしても、心まで貧しくならないこと。
人はもうこれ以上下がることができないと思うほど没落すると、不思議なことに救いの手が現れます。

私自身がそうでしたから。


しかし、そのためには人のせいにしないこと、他を恨まない事、環境のせいにしないこと。
これらの約束を守ることが前提になります。


努力はとても大切なものですが、そのベクトルを間違えないようにしましょう。
向かい風にどれほど船の帆を張っても進まないのです。



Copyright(C)spiritual-life. All Rights Reserved.